春分
- FRACTUS 編集部

- 2025年3月20日
- 読了時間: 3分
更新日:2025年3月29日
2025年3月20日
二十四節気 「春分」
さぁ、一年の始まり、春分点を迎えました。
この日太陽は真東から登り真西に沈みます。
昼と夜がほぼ同じ時間となり、精神面では人々に中庸をもたらすとされます。
今朝、平安京の北の基点となった「船岡山」に登り、春分の光を拝んできました。
まさに「やうやう白くなりゆく山際、少し明かりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる」風情です。
船岡山は清少納言が『枕草子』に「岡は舟岡」と謳った場所で、隣接する紫野エリアは平安時代には淳和天皇の離宮があり、後に天台宗、禅宗に下げ渡されて「雲林院」となり今に至ります。
雲林院には様々な文化人が集い、和歌や漢詩を詠み交わしました。
往時は桜や紅葉の名所であったようで、西行は「是や聞く 雲の林の 寺なれば 花をたづぬる 心休めん 」(『古今和歌集』)
と詠み、宇多天皇に仕えた菅原道真も正月子の日に船岡山に登り、離宮で七草粥を食したそうです。
左に写る山は比叡山、御所の鬼門を護る天台宗の霊山です。
平安京が四神に護られているように、古代の都は方角と春分・夏至・秋分・冬至の暦により幾重にも呪術的にデザインされた壮大なスケールで設計されていました。
それは「天子南面す」の言葉にも表れるように、天子自身が万物流転の世の理の中で不変の真理である「動かぬ星・北極星」の化身であり、陽の方角である南に臣下を配し、朝の庭(朝廷)で政務を執る、「日嗣の御子」であるからです。日嗣とは天孫の棺の意味もあり、ヒ(霊)即ち祖霊の行ってきた日影を追う暦法を継承し祭礼を行う、暦を読める人であるということです。
御所から比叡山へ直線を描いたその先に、飛騨の山中に残る「金山巨石群」があります。
ここはイギリスのストーンヘンジと同時代、5000年前の縄文時代の天文観測所だったとされる遺跡で、平成の時代まで山中に隠れて発見されていませんでした。
驚くべきことにこの巨石は遠隔地からこの場所に運ばれたもので、組み合わせた岩と岩の隙間に差し込む光を観測し、春分・夏至・秋分・冬至の他、4年毎の閏年もわかるそうです。
一体どのような人々が、このような深遠かつ精巧な装置を作ったのでしょうか。
春分の日には、巨石の中に差し込む光が配された白い石にぴったりと合わさることで、春分を迎えたことを示します。

なぜこの巨石が5000年前のものだと分かるかと言うと、約5000年前はりゅう座のトゥバンが北極星だったからです。
現在の北極星はこぐま座のポラリスです。この観測点のズレが建造年の推察に繋がりました。
動かないはずの北極星の旅は、地球の23.4度の地軸の傾きによる歳差運動により次々と交代し、約26000年周期で銀河の旅を一周します。
普段何気なく見上げる太陽ですが、銀河に生きる私たちは、今日この日も宇宙旅行をしているのです。
今地球は銀河の冬至点を過ぎたあたり、ちょうど約13000年の半分を旅しています。
冬至は太陽の復活を表しています。陰極まり陽に転ずる、光が満ちてゆくこれからの時代は、一人ひとりが主役の時代。
2025年の春分を、あなたはどのように迎えますか。

春分のターンは、潮満珠・潮涸珠が誘う古代への道を辿ります。
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参考文献
・『金山巨石群の「縄文」太陽観測ガイド』 小林由来|徳田紫穂 著 三五館
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